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「ま、とにかくその五里先生とやらに彼女の真意を伝えてやんな。そうすれば彼女も未練なく成仏できる」
「えぇー…僕まともに話した事ないし、怖いからできるだけ話したくないんだけど…」
「彼女のためだよ」
ミエ子の念を押すような一言に黎太郎は息を詰め、溜息と化してうなだれた。昔から祖母の短い一言には謎の圧力があるような気がして逆らえないのだ。意味が違うかもしれないが、その度に黎太郎は言霊の存在を感じずにはいられなかったという。
「……わかったよ。じゃあ明日早速ゴリに会いにいってみるから、妹尾さんはちょっと背中から離れてくれないかな。なんか肩が重くて嫌な感じで…うわっ」
やんわりと振り払おうとした瞬間、気にしていた肩の重みが更に増したので黎太郎は思わず声をあげる。そして、昼にも聞いた耳元の囁き声が、黎太郎の思考に棹を差した。
「…自分の言葉で伝えないと、嫌?いやいや、そんなの無理でしょ。僕らイタコならともかく、普通の人に声なんか届くはずないし。…ゴリって特にそういうの無縁そうだし」
最後にぽつりと付け足すと、肩に小さな震動が走った。ショックを受けているのだろうか。妙に感情豊かな背後霊に呆れていると、目の前の祖母はまたしても意地悪な笑みを浮かべた。手は意味深げに握られ、ゆっくりと黎太郎の方へ近づいていく。
「そのためのイタコの力、口寄せの出番じゃないか」
その手を開くと、中には真珠を連ねた数珠と呪文がびっしり書き込まれた和紙が入っており、戸惑う黎太郎の前の畳に落とされたのだった。
~*~
体育教師・五里雷蔵の朝は早い。今朝も柔道部の朝練のために6時半に出勤した。彼自身でもよく続くと思うが、それが彼の20年来の教師生活で身に着いた習慣だったので、もう今さら苦痛と感じる事もなかった。授業道具が詰まった鞄を机に置こうとすると、五里はそこで見慣れないものが机の上にあるのに気付いた。それは小さく折りたたまれた紙で、何やら中に書かれているようだ。
生徒のイタズラだろうか。人がいないのを良い事に眉を潜めながら、五里はその手紙を開く。そして次の瞬間、開かれたのは彼の厳つい眼差しと過去の記憶だった。
『放課後、校舎裏で待っています。伝えたいことがあるのです。 妹尾白子』
紛れもない、少女の可憐な筆跡で書かれたその一文は、間違いなく彼の心を揺さぶったのだった。
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