4人が本棚に入れています
本棚に追加
満月の夜、午前2時32分
春っていうのは、暖かで柔らかく、出会いと別れの季節で、儚げな薄桃色の印象が強い。切なくも、優しい季節。
だが、俺にとっては真逆だ。
「ちっ、またかよ」
満月の明かりが霞むほどの都会。ひしめくビルの隙間から、その満月の半分が見えている。俺は目の前に横たわった塊を見やってから、思い切り地面を蹴った。
きっとあの塊はそういう奴が処分するだろう。俺は振り返ることもせず、ビルからビルへと飛び乗り、目的の場所へ向かう。
こういう満月の日は、自殺者が多い。
4月も下旬、新たな環境で、もう上手くやっていけないと勝手に悟った哀れなニンゲン。上司が、先輩が、クラスのあの子が、自分を嫌い避けている。省かれるのも時間の問題。仲間や友達にも相談できない、親に言えば心配するから、隠してしまった。もう未来が見えない、希望がない。こうなればいっそ、死んでしまおう。そして華やかな通りから少し外れ、寂れた路地裏で最期を迎える。
「それを処理するやつの気持ちも考えてくれりゃ文句はねぇんだけどなぁ」
やれやれ、といった呆れと苛立ちから、荒っぽく地面に降り立つ。俺はそういう、受身な気持ちを変えようともせず、すべてを周りに押し付けて自殺するニンゲンが大嫌いだ。それはきっと、俺の職業柄も影響してるのだろう。
「あー、っと、午前2時17分、谷町コウナ21歳。○×ビルから飛び降り、頭蓋骨骨折および諸々、出血多量もなんとかで死亡、午前2時32分、魂を回収」
気だるく事務的に資料を読み、その出来損ないの首に手をかける。喉元に手をかざすと、青白い小さな光が浮かび上がる。俺はそれを手でぐっと掴むと、ドロップスの缶にコロンと入れる。仕事はあと五件。その内の二件は同様の飛び降り、他三件は事故と病気、グサッと刺す形の自殺だ。ため息一つ吐いてから、結構離れた場所にある現場へ向かうため、翼を広げる。着ていたシャツが破かれ、肩甲骨辺りから黒いコウモリのような翼が顔を出す。先程より軽めに地面をタンッと蹴ると、そこそこの高さまで飛び上がり、バサッと羽ばたき夜の都会を見下ろした。
最初のコメントを投稿しよう!