月夜の晩に空を渡るもの

3/4
前へ
/4ページ
次へ
ところが、警察に行っても、女の捜索願は出ていなかった。 いろんな可能性を考えて、かなりの範囲の警察を訪ねて回ったが、この女の特徴に似通ったような捜索願は出ていないのだ。男は途方にくれた。 いくらなんでも、見ず知らずの女を、いつまでも家に置いておくわけにはいかない。 それかと言って、この寒空の下、女を追い出すわけにもいかない。 そして、女は不思議な女だった。 男がいくら食事をすすめても、決して食べようとしないのだ。 体に悪いから食べるように勧めても、決して食べない。 食べられないというのだ。それでも、女は衰弱する様子はなく、健康は損ねていないようだった。 ただ、水だけは摂取しているようだ。なので、男には何も負担はなかった。 まるで、食わずの嫁だな。 男は、自分の頭に「嫁」という言葉が浮かんだことに驚き、自虐的に笑った。 いくら好みだからって、性急過ぎるだろう。女は、自分をどう思っているかもわからないのに。 男は最初こそは、女の身元をつきとめようと、東奔西走したが、まったく手がかりが掴めないまま、諦めてしまった。諦めたというよりは、女の居る生活が楽しくなり、手放したくないと思い始めていたのだ。 月夜の晩に出合った女を男は月子と呼ぶことにした。 月子は、相変わらず飯を食わず、それでも何事も無く暮らしている。 薄々、男は、月子が人間ではないことを気付いていたのかもしれない。 それでも、恐ろしいとは思わなかった。 月子は、抜けるような肌の白さと、その容姿の美しさで、男を虜にしていたのだ。 そして、男はついに我慢ができずに、月子の肌に触れた。 ヌルリ。 男はその感触に驚いて、手を引いた。 すると、月子は悲しそうな目で、男を見た。 「そろそろ、私は、主様の下へ帰らなければなりません。」 「月子、どういうこと?」 「私の体は、満月の晩に空を渡ります。」 言っていることがわからないよ。 「騙しててごめんなさい。私は、未来から来ました。」 「未来?」 「お気づきとは思いますが、私は人ではありません。」 そうだよ。知っている。でも、俺には月子が必要不可欠。 「私の体はもうすぐ気化します。私の体は水でできていて、分子レベルに分解します。」 「そんなこと、信じられないよ。俺は、月子の居ない生活など、もう考えられないんだよ?」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加