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ところが、警察に行っても、女の捜索願は出ていなかった。
いろんな可能性を考えて、かなりの範囲の警察を訪ねて回ったが、この女の特徴に似通ったような捜索願は出ていないのだ。男は途方にくれた。
いくらなんでも、見ず知らずの女を、いつまでも家に置いておくわけにはいかない。
それかと言って、この寒空の下、女を追い出すわけにもいかない。
そして、女は不思議な女だった。
男がいくら食事をすすめても、決して食べようとしないのだ。
体に悪いから食べるように勧めても、決して食べない。
食べられないというのだ。それでも、女は衰弱する様子はなく、健康は損ねていないようだった。
ただ、水だけは摂取しているようだ。なので、男には何も負担はなかった。
まるで、食わずの嫁だな。
男は、自分の頭に「嫁」という言葉が浮かんだことに驚き、自虐的に笑った。
いくら好みだからって、性急過ぎるだろう。女は、自分をどう思っているかもわからないのに。
男は最初こそは、女の身元をつきとめようと、東奔西走したが、まったく手がかりが掴めないまま、諦めてしまった。諦めたというよりは、女の居る生活が楽しくなり、手放したくないと思い始めていたのだ。
月夜の晩に出合った女を男は月子と呼ぶことにした。
月子は、相変わらず飯を食わず、それでも何事も無く暮らしている。
薄々、男は、月子が人間ではないことを気付いていたのかもしれない。
それでも、恐ろしいとは思わなかった。
月子は、抜けるような肌の白さと、その容姿の美しさで、男を虜にしていたのだ。
そして、男はついに我慢ができずに、月子の肌に触れた。
ヌルリ。
男はその感触に驚いて、手を引いた。
すると、月子は悲しそうな目で、男を見た。
「そろそろ、私は、主様の下へ帰らなければなりません。」
「月子、どういうこと?」
「私の体は、満月の晩に空を渡ります。」
言っていることがわからないよ。
「騙しててごめんなさい。私は、未来から来ました。」
「未来?」
「お気づきとは思いますが、私は人ではありません。」
そうだよ。知っている。でも、俺には月子が必要不可欠。
「私の体はもうすぐ気化します。私の体は水でできていて、分子レベルに分解します。」
「そんなこと、信じられないよ。俺は、月子の居ない生活など、もう考えられないんだよ?」
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