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明人くんは、現れてはくれなかった。
ヒーローは肝心な時に現れてくれるからそうなわけで、今のあたしにはヒーローなんていない、って。
嫌でも思い知らされた。
「麻宮、さん」
「はい」
「もし、本当に、広島に異動になったら…」
「女の子は、もしも話が好きだね」
左手が、あたしの髪を掬い取る。そんな温もり、いらない。あたしが欲しいのは、答えなの。
「もし、そうなったら…」
「うん」
「一緒に来てくれますか?」
さすがに予想はしていなかったんだろう。麻宮さんは、本当に少しだけ体を後ろにそらせて、あたしの目を見た。
「本気で…言ってる?」
「麻宮さんが本気かを訊いています」
「本気なら、どうするの?」
「もしも話が好きなのは、女だけじゃないですね」
「…本気なら、俺と一緒になってくれるの?」
一緒になる。
それは、とても特別で崇高なものだと、ずっと思っていた。誰にでも必ず運命の人がいて、その相手と一緒になれることは、最高に幸せなことなんだと。
でも、お母さんは昔から言っていた。本当に好きな人とは、一緒にならない方がいいって。好きな人の嫌な面は、知らないままの方がいいって。だから、二番目に好きな人と幸せになりなさいって。
お父さんとは、お見合いだった。
「麻宮さんは、あたしがどんな人間でも、想ってくれますか?」
「そういう訊き方は、フェアじゃないと思うけどなあ」
「それは、場合によっては無理だってこと、」
「俺はね、できないことを口にするほど無責任じゃないよ。けど、」
“どんな状況でも、振り向かせる自信はある”
不覚。
少女漫画に出てくるサディスティックな男の子が浮かべるような笑みに、思わず、ドキン、と。
左手の薬指は、まだ、触れられたまま。
樹形図みたいに散らばる思考の先に、“結婚”の二文字が見えた。ううん、文字だけじゃない。綺麗に着せてもらったウェディングドレスが、割と似合っている。
そんなあたしの隣にいるのは、麻宮さんだった。
「あたし…好きな人がいます」
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