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今日はまっすぐ帰宅した。
お風呂に入って、パジャマを着終えてからベッドに体を横たえる。
枕元に置かれた携帯を手に取り、着信履歴の画面を開く。
麻宮さんへの返事をかわしたのは、二回目。告白にも、プロポーズにも、あたしは答えを返せていない。
こうしている間にも、麻宮さんを想う女性は自分磨きに励んでいるんだろう。
それなのに、あたしの今日の入浴時間といえば。
「あ、腕の毛が伸びてる」
シャワーを浴びて、体と髪を洗うことぐらい、十分もあればできる。つい最近までは、ちゃんとお湯にも浸かって、マッサージなんかして、毛の手入れだって怠らなかった。
藤次郎はいつも、一枚ずつ服を脱がせて、あたしの肌を優しく触った。スクラブの香りがすごく好きだって、全身を隈なく愛撫した。
前からも後ろからも、下からも、どこからあたしを攻めたって、藤次郎の唇が、手が、いつもあたしの体を這っていた。
藤次郎の知らない領域なんて、あたしの体には、ない。
「一箇所だけあったか…」
藤次郎の誕生日をお祝いしようとした、台所で愛し合った、あの日。
“こっちの処女は、俺がもらっちゃ駄目なの?”
あげるなら、藤次郎だよ。
だからこの先、あの領域が開発されることは、ない。
「麻宮さんは、絶対ノーマルなはず…」
誰も聞いていない、静かな独り言。
誰に問いかけたわけでもないのに、答えが返ってこないことを、なぜか寂しく感じた。
開いたままの着信履歴の画面上で、名前をタップする。
数回のコール音の後に、大好きな声があたしの名前を呼んだ。
『由宇?どうしたの?』
お母さん、どうか、これからあたしがするであろう選択は、間違っていないと言って。
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