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『あら?聞こえてない?ゆーうー?ゆうちゃーん』
母親って、不思議だ。ちょっと会っていないだけなのに、電話の声がこんなにも胸を締め付ける。
会いたい。今すぐ会って、頭を撫でてほしい。大丈夫よ、って、笑って言ってほしい。
「お母さん、元気?」
『あ、聞こえた!うんうん、元気よ。由宇は?急にどうしたの?』
「ん…ちょっとね。気になっただけ」
『気になったって、どうしたの。最近こっちに顔出さないから心配じゃないの。あ、そういえばこの前ね、明人が帰ってきたよ』
「ごめん、忙しくて土日は寝てばっかり。明人くん、帰ったんだ」
『そう。忙しいのはいいことだね。無理しないでね。明人、お盆にも帰ってくるみたいだから会えるね。いつも通り、あんたの心配ばっかりしてたからね』
「相変わらずだね。明人くん、会いたいな…」
呟くように漏れてきたその言葉に、画面の向こうの母親がいち早く反応する。
『嫌なことでもあった?』
「なんでもないよ。なんでも…」
『嘘吐きねー。今、目がウルウルしてる』
喉が、熱い。抑えようとすれば、お腹に力が入る。出てこないように、出てこないように。
弱音が、どうか出てこないように。
『由宇ちゃんはねー、我慢することが大好きだから。悪いとは言わないけど、お母さん心配だな』
「な…んでもっ…ないよ…」
『お母さんにだけは、言ってみたら?』
母親って、どうしてこんなにも強いんだろう。
「…うっ…うあ…っ…ふ…うっ…」
『ほらほら、大丈夫、大丈夫』
「あたしが…け…こん…ぐっ…かもしれないって言ったらっ…」
『…結婚?』
「う…でしいっ…?」
『結婚するの?付き合ってる人、いるの?』
飛躍しすぎた。
でも、勢いよく口から出てきたのはなぜかその言葉で。
もしかしなくても、藤次郎以外の人と、そういうことになるかもしれない、ってこと。
お母さんには、知っていてほしかった。
『由宇が選んだ人なら、お母さん、嬉しいな。でも…』
「…うん…」
『でも、好きな人じゃないなら、嬉しくないな』
鼻の奥が、ツン、て。冬の朝、突如襲ってくるあの痛みが、この暑い日にも。
一番引っ掛かっている部分を、核心を、寸分のズレもなく突く。
きっとこれが、母親。
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