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お父さんは昔から仕事に追われていて、明人くんたちはまともに遊んでもらった覚えもないらしい。
幼稚園、小学生の頃なんて、帰宅して、寝顔を見て、お風呂に入って、二時間ほど寝たらまた起きる。そんな日々が続いたと。
それでも明人くんたちがまっすぐに育ったのは、お母さんの教育が良かったからとしか言いようがない。
お父さんがどれほど頑張っているか。何のために頑張っているか。こうしてみんなが一緒に暮らせるのは、ご飯を食べられるのは、欲しい物が買えるのは、どうしてなのか。
お母さんは、ずっと明人くんたちに言い聞かせていた。
あたしは、寂しくなんかなかった。四十歳を超えて、上の役職に就いて、早めに帰れるようになったお父さんがいた。三人のお兄ちゃんがいた。お母さんがいた。
初めての女の子を喜んでくれる、家族がいた。
お母さんが、どうしても女の子が欲しいと言い張らなければ、透くんで終わっていれば、あたしは、ここにはいなかった。
あたしとお母さんは、姉妹みたいに過ごした。
『由宇が好きになった人なら、反対しないよ。お父さんもね、寂しくて反対しちゃうかもしれないけど、説得してあげる』
違うよ。違うの、お母さん。
あたしが好きなのは、違う人なの。
『どんな人?会社の人?あ、もしかしてまた合コンとか行ったんじゃない?』
「…ふふっ…またって…」
冗談交じりに呆れた声を出す母親に、少しほっとする。
あたし、そんなに合コン行ったことあるっけ?
『ね、由宇。泣かないで。いきなり結婚なんて言い出すからびっくりしたけど、嫌ならしなくてもいいじゃない』
「…あのね、」
『うん?』
「結婚を前提に付き合ってほしい、って。言ってくれた人がいるの。格好よくて、頭がキレそうで、背もね、高い方なんだよ。それでね、スーツの着こなしも素敵なんだよ。お酒も強くて、すごく紳士的で…」
『そう』
「色も白くて…彫りはそんなに深くないけど、お母さんが好きそうな顔立ちでね…ほら、大学の時の彼氏は、あんまり顔が好きじゃないって、お母さん、言ったじゃない?」
『そうだった?』
「そうだよ。でも、彼は多分、お母さんも気に入るはず、」
『そっか。違うのか』
「え?」
『もしかしたらって、少しは期待したのよ?』
「何を?」
『藤次郎くんじゃ、ないのね』
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