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「しかしねー、お別れしたその日に別の男からプロポーズって。自叙伝ができるよ、あんたの人生」
「プロポーズじゃなくて、前提としたお付き合い」
「同じじゃん。とにかく、世の女性の憧れを手に入れたんだから、羨ましいことに変わりはないよね」
「憧れ…かあ、」
“結婚”と“麻宮さん”。
どちらも、手に入れたくても手に入れられない女性がいる中で、あたしはとても幸せなんだと思う。
「このまま順調にいけば、の話でしょ」
「まあ、反対する人はいないよね。誰もが諸手を挙げて祝福するよ。って、病み上がりでよくカツ丼なんか食べるね」
「丸二日、水と酵素ジュースしか飲まなかったら二キロも痩せてしまった」
「体重戻したいって?あたしを含めた世の女性に謝って」
二日前、真里が呼んでくれたタクシーで帰宅してから、あたしは確かにメールを送った。
“無事に帰りました”
けれど、それに対する返信はない。
別に、いいけど。反応が欲しかったわけじゃないし。連絡しろって言われたから、しただけ。
ふいに、鼻をかすめた香りに顔を上げ、元をたどる。
“ゲランサムサラ”
いつか、嗅いだことのある香り。
確か、間宮次長の車の中で。
バチッ、と、視線と視線がぶつかる。あちら側は、こちらを向いて小さく会釈をする。自然な流れで、あたしも同じように返す。
けれど、それがあたしに向けられている理由がわからない。後ろを向いて、実は他の人に向けられているんじゃないかと確認してみる。
「何?壁に何かあるの?」
理由はわからないけれど、あたしに向けられているのは間違いないようだった。
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