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「僕、いつか兄ちゃんに勝つからね!」
子供の頃。
テレビゲームの対戦が好きで、得意ぶる俺に3つ下の弟は言った。
俺は兄だから、弟にとっては越えたい壁なんだ。
だから俺は簡単に越えられるわけにはいかない。
そう決意したのも束の間、弟は軽々と俺を越えて見せた。
俺が始めた習い事。
俺が始める趣味。
それらを俺よりも器用にこなすんだ。
俺の真似をするだけじゃなく、俺の失敗を見て成功していく。
親に褒められるのは、いつも弟の方だった。
「どうしてあなたはできないの?」
「あなたももっとがんばりなさい」
「そういえばあなたもがんばったわね」
とがめるか、あきれるか、ついでか。
俺へ向けられる母の言葉はこの3段階だ。
俺はどんどんやる気をなくしていった。
弟はかわいくて、頭がよくて、出来のいい子供で良かったですね。
今思えば子供の頃だって、頭のいい弟と、短気な俺のことだから。
弟は予測していたのかも知れない。
俺は一番得意なテレビゲームで、負けそうになるとすぐにコントローラーを投げて電源を切ることを。
つまり、弟は手を抜いていたのではないだろうか。
兄の機嫌を損ねないように。
高校に入ってそんな複雑なことも考え始めると、唯一の誇れる勝利も色褪せてしまった。
俺は乾いた笑い声をあげて、やり場のない気持ちにさいなまれた。
弟なんて、いなきゃ良かっ…
そんなときだ、普段鳴らない携帯が鳴ったのは。
「やったよ!やっと兄さんに勝ったよ!
言ったでしょ?僕はいつか、兄さんに勝つって」
弟からの電話だった。
「なんのことだ?」
俺は顔をしかめて携帯を持ち直す。
「僕、勇気をだして万引きしたんだ!これで母さんに、兄さんよりも叱ってもらえるよね!今ね、スーパーの事務所に…」
電話の裏で「キミ!何を笑っているんだ!親御さんに電話は繋がったのか?」と怒鳴る声がする。
ああ。さすが俺の弟だけのことはあったな。
安心しろ、俺。
こいつは俺よりも馬鹿だ。
俺はスーパーに向かった。
ただ叱るんじゃない。
俺だけは、愛をこめて叱ってやろう。
そして迎えにいくんだ。
あの仲良しだった日々も。
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