第1章

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 ロトたちが出会う数年前、一人の男がある街にいた。その男は饒舌に人々に語り、人の心を魅了させていた。 その語り部の名前はイシュタムといい、街の人々から好まれていた。 彼の言葉は街の領主ですら好ましく思っていたのだろう。イシュタムはその時、自身と希望に満ち溢れていた。  自分の言葉が身振り手振りが人の心を癒し、平和にしていくのだと。彼は考えていた。 時には道化を演じ、時には街の人の悩みを聞き、街の祭典では声高らかに皆を勇気づけていた。 しかし、それがまずかった。  人々は癒されて、勇気づけられる度に「自分は特別に違いない、自分たちは特別な存在なのだ」と歪曲して考えるようになってしまった。 その考えは領主も同じだった。街の中の小競り合い程度であれば、きっとイシュタムにとっては苦笑いで済んだのだろう。 彼にとって「人は特別」であり「言葉は良い物」だったから。ある日、領主が真面目な顔でイシュタムに言った。 「なぁ。イシュタム。私たちは優れていると自負しているのだが、どうだろう」 「はい、皆、特別な存在で私には掛け替えのない存在です」 イシュタムは領主が平和の為に何かをするのだと思っていた。領主は決断したように頷いた。 イシュタムはその顔に満足したように笑顔で頷いた。きっと平和がこの街を包んでくれるのだろうと――。 「それなのに……それなのに、何故?」  眼前に広がる焼け野原を見つめながら彼は、彼の育った愛すべき街の馴れの果てを見つめていた。あれから何が起こったのか。記憶が突然、混濁としているのが解った。しかし、目の前に広がる現実は語っている。争う人々、貧困に泣く子供たち。 領主は、こともあろうか街の人々を扇動して領地を広げるために隣の街を侵攻したのだ。その結果、戦争になり、彼の街は隣街の領主に負けてしまった。 「私は、こんなこと望んでいなかった」  それが彼の言った性格な最後の言葉だった。それからというもの、今までとは異なりイシュタムは人々から戦争を扇動した悪者として扱われた。彼は愛する街と人々の豹変に言葉を失ったのだ。 言葉とはかくも無意味なものなのか――それならばいっそ私は。  彼は失意から人々に心を開けなくなってしまった。その結果、仮面を被った彼は街から去った。 街の人々からは惜しむ声どころか、石を投げられながら出ていかざるを終えなかった。
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