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「それはない」
と、薫と柏尾が口を揃えて言った通り、翌日も優駿は店にやってきた。それも開店直後にわざわざエスカレーターを小走りに上がってきて、悪びれもせず「おはようございます!」と笑顔で言い放った。
宰は思わず手に持っていた展示用携帯を机の上にゴトリと落とした。カウンター内でパソコンのモニターを眺めていた薫が、その様を見て「ホットモックじゃなくて良かったわね」と小さく肩を揺らす。
薫は改めて優駿に向き直ると、「いらっしゃいませ」とそつのない営業スマイルを浮かべて見せた。
「……いらっしゃいませ」
薫に遅れること数秒、宰も一応挨拶はする。しかし、言葉に反してその口調はどう聞いても歓迎しているようには聞こえない。
宰は深い溜息をついた。
それから暫しの逡巡を経て、徐に口を開く。
「小泉さん。今日は学校がある日じゃないんですか」
「や、あの……昨日俺、なんか失礼なこと言っちゃったみたいだから、とにかく先にそれを謝っておきたくて」
「じゃあ別に休講と言うわけじゃないんですね? それなら優先すべきはどちらだか考えればわかるはずです。とっとと学校に行きなさい」
追い立てるように言うと、優駿は見るからに元気をなくす。
「で、でも俺……」
それでも何とか言い募ろうとする優駿を置き去りにして、宰は取り落としたサンプル筐体を拾い上げ、つかつかと展示用の棚の前へと歩いていく。
優駿はカウンター前に佇んだまま、そんな宰を目で追って、それから足でもその後を追いかけた。
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