ある春の日のこと。*

22/33
前へ
/187ページ
次へ
「こいず――…、じゃなくて、優駿」  苗字で呼びかけ、二人きりなのを思い出し、名前に言い変える。見詰め返した優駿の瞳には、薄っすらと涙が滲んでいた。 「でもな、やっぱりお前は小泉の人間で……俺は男だし、そもそもお前はゲイじゃない。そんなお前が、いつまでもこちら側にいていいわけ――」 「嫌です」  だからと言って、やはり「はいそうですか」とすぐに折れることもできず、宰は宥めるように言う。 「……まぁ聞けよ」 「嫌です」 「いいから聞け。――なんだかんだ言って、遠くない将来、お前は結局小泉家(いえ)に戻らなきゃならないだろ。遠くない将来っていうか、早ければもう一年後だよな。大学、卒業すんだから。そうなった時、さすがに俺はついて行けねぇよ? 跡継ぎ強請られたって、子供が産めるわけじゃねぇし」 「嫌ですっ」 「……俺が本気で不本意だって言ってもか」 「嫌です!」  何を言っても、ひたすら首を横に振る優駿に、宰は呆れたように息をつく。 「だって、俺、やっぱり嫌です……美鳥さんと離れるなんて、考えたくない……。それくらいなら、家を捨てます」  優駿の目から、ぽろりと雫がこぼれて落ちた。乞うように紡がれた声にも涙が混じる。 「捨てるってお前……」 「捨てます!」 (いや……、んなこと、簡単に言うなよ)  宰の表情が僅かに引き攣る。だがそれを言っても無駄な気がして、ただ力無く首を横に振った。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

528人が本棚に入れています
本棚に追加