ある春の日のこと。*

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「……お前って、そんな面倒くさい性格だったっけ」  僅かな間の後、宰はぼやくように言って、優駿の頬にそっと触れた。 (こいつ泣かしたの、何度目だろ……)  思いながら、涙の痕を指の腹で優しく拭いてやる。拭いた先から新たな雫が落ちてきたが、その都度根気良く拭ってやった。  首の後ろに腕を回し、ぽんぽんと後頭部を撫でつける。なおもはらはらと涙をこぼす優駿に、宰はさらに顔を寄せ、 「分かったよ。分かったから、もう泣くな」  今度はそれを唇で拭いながら、苦笑混じりに囁いた。 (……まぁ、しばらく猶予はあるんだし……そんな焦らなくてもいいか)  きっといますぐ答えを出せと言っても、優駿の答えは変わらないのだろう。自分だってそう簡単に考えを変えるつもりはないのだから、お互い様と言えばお互い様だ。  宰が言いたかったのは、結局優駿も自分と同じように、色々と覚悟しておくべきだと言うことだった。しかし、いままで普通の恋愛しかしてこなかったと言う優駿に――もともとの性格もあるがしれないが――それを理解させるのは簡単なことではないらしい。  優駿に必ず俺を選べとか、別れるくらいなら家を捨てろとか、そんなことは間違っても望んでいない。それでも宰だって、できるだけ優駿の――好きな人の傍にいたいと思う気持ちは同じだった。 (なるようになる、か……)  その瞬間、頭を過ぎったのは、先日のバーで柏尾も言った、「一年後のことなんて誰にも分からない」という至極当たり前の言葉。  それに縋るつもりはないけれど――。  だけどどうせ何も変わらないなら、ここはもう、そうして時の流れに身を任せてみるのも悪くないのかも知れない。 (問題を先延ばしにするだけのような気もしないでもないけど……)  宰は優駿の肩に、顔を隠すようにして頭を乗せる。 (ていうか、もしかして俺が重いのか……?)   優駿と付き合う前は、あんなにも刹那的な生活を送っていたくせに?  思い返すと、自嘲めいた笑みが勝手に浮かぶ。 「まぁ……もう、いっか」  宰は瞑目し、不意にぽつりと呟いた。  あえて声に出してみたら、途端にどこか吹っ切れたような感じがして、思わず肩を揺らして笑ってしまった。
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