ある春の日のこと。*

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「そんなに心配ならお前も一緒に入りゃいいだろ」 「えっ……!」 「何だよ嫌なのかよ」 「えっ、いえっ、嫌じゃないです!」  脱衣所の入り口に立ったまま、優駿はぶんぶんと首を横に振る。 「だったらほら――」  解いた帯をぽとりと床に落とし、宰はおもむろに振り返る。とたんにぴたりと動きを止めた優駿に、緩慢な歩みで近づくと、 「せっかくの専用露天風呂なんだし……な? お前も脱げよ」  言うなり、優駿が着ていたTシャツの裾をめくり上げた。 「や……み、美鳥さん……なんか、あの」  宰が動くにつれて、自然と浴衣の合わせが開いていく。それを前にした優駿の顔が、さながらゆでだこのように真っ赤になった。 「美鳥さん……」 「……なんだよ」  伏し目がちのまま、宰は優駿の服を脱がしていく。凍り付いたように動けなくなっている優駿は、より目の遣り場に困ったふうに視線だけを泳がせていた。 「美鳥さ……」 「だからなんだよ……」  優駿の脱衣を終わらせると、宰もするりと肩を出した。掠れるような優駿の呼びかけに、寝言みたいな声で答えながら、足下へと勝手に滑り落ちていく滝縞柄の布地を、見るともなしに目で追った。  そうして、再び優駿を見た。濡れたような眼差しで、少しだけ見上げるようにして、 「後な、お前……美鳥じゃなくて、宰だろ……」  薄く開いた唇が、気怠げにそう呟いた――その瞬間。 「み――、つ、宰、さん……!」  まるで突然時間が動き出したかのように――あるいは急に『待て』がきかなくなった飼い犬のように、気がつくと優駿の腕は思い切り宰へと伸ばされていた。
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