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「やぁ。今日はやけに早いね。小泉優駿君」
柏尾は常と同じ食えない笑みを浮かべ、僅かに口端を引き上げる。
「……あ、おはようございます」
それに一瞬、戸惑った風に間を置いて、優駿は自分よりも更に上背のある柏尾を見上げた。柏尾は笑みを深めて目礼を返し、視線を宰へと移す。
「これ、朝礼の時に渡せなかった分」
宰が顔を上げると、柏尾は持っていたクリアファイルを差し出した。中には、数枚のFAX用紙が挟まれている。受け取ったその表紙に目を落とし、宰は頷く。
「ああ、例の不具合の……」
「それで全部じゃないらしいから、後でまた裏覗いてみて。俺も手が空いてればまた持ってくるし」
「わかりました」
ファイルから視線を上げて、再び柏尾の顔を見る。しかし予想に反して柏尾が見ていたのは優駿の方で、つられるように宰もそちらに目を遣った。
優駿が、無言でじっと柏尾の顔を見据えていた。柏尾がその眼差しを真っ向から受け止めている。宰は僅かに眉を潜めた。
(何だよ、この微妙な空気……)
判断しかねていると、柏尾が先に口を開いた。
「まぁ、俺の用はこれだけだから。『美鳥』は君に返すよ」
柏尾は目の前の優駿に向け、飽くまでも笑顔でそう告げた。そして言うだけ言うと、あっさり踵を返してしまう。
(そういえば、さっき『宰』って呼びやがったな、チーフ……)
その背を見送る傍ら、今頃気付いて、宰は一層柏尾を訝しむ。「宰」なんて、プライベート以外では一切許していない呼び方だった。そもそも柏尾の方も弁えて、職場では「美鳥」としか呼んでいなかったはずなのに。
(何考えてんだ、一体……)
加えて、この様子だとその違和感に気付いたのは宰だけではないらしい。鈍いばかりかと思っていた優駿だが、案外そうでもないのだろうか。
(まぁ、どっちにしても……)
何だか面倒なことになりそうだ。
未だ不自然に黙り込んだままの優駿を横目に、宰は憮然と溜息をついた。
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