ある春の日のこと。*

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 優駿が謝るのも無理はなかった。  温泉に入るなり始まった情事は、宰が何度「もう無理だ」と訴えても終わらなかった。辛うじて意識があるうちに、せめて部屋に戻りたいと求めても、優駿はまるで聞こえないみたいに身体を揺さぶり続け、結局、宰が逆上せて気絶するまで、その手を緩めなかったのだ。 「まぁでも、今回のは……、俺も酒入ってたし……」  そうかと言って、宰に非がないとも言えない。躊躇う優駿を強引に誘ったのは宰の方だったからだ。だから一概には責められないと、少しだけなら反省もしている。それにしても限度があるだろうと、思わずにはいられないけれども。 (……若いってすげぇな)  六つの年の差が大きいのかどうかは分からないが、少なくとも宰にはもうそこまでの元気はない。  宰は目の上に腕を置き、顔を隠すようにして自嘲気味に笑った。 「そう言えば、優子さんにも言われたことがあります」  と、宰の横で正座をしたまま、優駿が不意に口を開く。宰が「何を」と短く問うと、 「あ、あなたは、夢中になると周りが見えなくなるとこがあるから、気をつけなさいねって」  優駿は気恥ずかしそうに言って頭を掻いた。 「お前のこと、よく分かってんな」  宰は思わず吹き出すような呼気を漏らした。それから、「なんだ、ちゃんと見てくれてる人もいるんじゃねぇか」と、心なしかほっとした。 「ていうか、お前……。女将さん――春名さんって……」  そこでふと、宰の頭をとある光景が過ぎった。
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