ある春の日のこと。*

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      「――ねぇ、宰さん」  宰の横に寝転がり、優駿が思い出したように口を開く。  部屋の電気は既に消されており、窓から差し込む月明かりだけがその横顔を照らしている。 「宰さん……?」 「なんだよ、聞いてるよ」  振り出しに戻ったからと言って、気持ちまで元に戻ったわけじゃない。  いまの宰は答えを保留としたままで、そしてその答えはちゃんと、これから二人で探していくべきだと思っている。  できればいつまでも二人が幸せでいられるように。  例えどんな未来が待っていたとしても、せめて後悔がないように。 (本当は、俺だって……手放したくねぇしな)  思いながら、ぼんやり天井を見詰めていると、もそもそと擦り寄ってきた優駿の頭が、こめかみの辺りにコツンと触れた。 「宰さん、不本意だって言ってたじゃないですか」 「ん?」 「さっき……自分が不本意だって言ってもか、って。……それって、俺といること自体が不本意だって意味じゃ……ない、ですよね」  珍しく平板な声で、呟くようにそう言われ、宰は視線だけをそちらに向ける。  優駿も宰と同じように、仰向けに寝転がり、茫洋とした眼差しでただを天井を見詰めていた。  宰は苦笑を滲ませ、静かに答えた。 「――それだったらこんな悩まねぇよ」  すると間もなく、優駿の顔が泣きそうに歪んだ。 「っ……うっ」  どうやら宰が思っていたより、優駿も色々と考えていたらしい。  堪えかねた嗚咽を漏らすその姿に、無言で頭を撫でてやると、 (だから泣くなよ……)  余計に溢れ出した涙で、優駿の顔はより酷い有り様となってしまった。 「宰さ……、宰さんっ……」  感極まったみたいに、宰の名を呼び続ける優駿に、宰は困ったふうに微笑んだ。「なんだよ」といつも通りに答えると、待っていたみたいに腕が伸びてきて、力一杯抱き締められた。  鼻先を擦りつけるようにしながら、何度もキスを落とされる。額に、こめかみに、目の際に、頬にと、雨のように降るそれが、時間をかけて唇へと辿り着く。 「お前……まだ、やるつもりかよ……」  身体が密着すればするほど、優駿の呼気が熱を帯びてくる。下肢へと伝わってくる反応はもっと分りやすかった。  しょうがねぇなと腹を決めた宰は、自分からも唇を寄せる。 「一回、だけだからな」  吐息の合間に、そう、甘く囁きながら。            END
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