0.prologue

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 エスカレーターを降りていく短髪の頭を、宰は律儀に見送ったりはしなかった。ただ、位置的に視界の端に入るその姿を、見るともなしに意識していただけ。  優駿は柄にもなくすっかりしょげ返っていたようだったが、それでも懲りずに何度も宰を振り返っていた。  そうして完全に優駿の姿が見えなくなってから、宰は改めて息をついた。  ――何だか少し後味が悪い。  思うものの、ともかくこれで一息つけるのも確かだと、気を取り直して手の中のファイルへと目を戻す。 「あれ、今日は早いね。もう帰ったの、小泉君」  なのにそこでまた新たな邪魔が入る。今度の声は、まるで隙を突くように背後に近い位置から降ってきた。宰は思わず片手で顔を覆う。 「あら柏尾チーフ、お疲れ様です」 「ああ、うん。お疲れ様」  そんな宰の反応を余所に、薫が愛想の良い笑みを浮かべて目礼をする。柏尾チーフと呼ばれた男は、普段と同じ緩い雰囲気で、片眉と口端だけを僅かに引き上げた。 「……チーフ」  声になるかならないかの音量で呟き、一拍置いてから宰も振り返る。宰よりも十センチ近く長身である柏尾の顔を、胡乱げに見上げた。仄かに煙草の香りが鼻先を掠める。 (禁煙してるんじゃなかったのかよ)  思ったが、それは敢えて口には出さず、 「何か急用ですか」  短く問いかけると、手の中のファイルを一旦閉じた。
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