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芸術祭の課題か……。
春香は何を描くのだろうか。
またあの淋しげな一人ぼっちで背中を向けてる、そんな人を寂しい風景画が包み込むような作品になるのだろうか。
季節は巡り、芸術祭用の絵を描く準備が近づいていた。
それぞれに思い思いのサイズの作品を作っていいということで、俺は何を描こうかとまだ悩んでいた。
題材が思い浮かばない。
それぞれが準備を始めて、俺は何気なくそっと春香の背後にイーゼルを立て様子を見ることにした。
春香のキャンバスのサイズはそれほど大きくない。
高校の美術部でよく描いていたくらいの12号の物にするようだ。
俺が様子をさりげなく見ていると、どうやらその絵の中に人物の肖像画を描く様だ。
驚いた。今までこれほど大きく人物を入れた春香の絵を見たことがない。
何が始まるんだと、俺の胸の鼓動が速くなる。
よく見るとキャンバスの右下に小さな写真を置いている。
遠目でもその写真が人であることがわかる。
誰かを描こうとしているのか。
しかし、春香は何度か下書きをしてはまた消し、描いては消している。
その都度小さくため息をついた。
結局その時間は形にならず終わった。
俺は休み時間に春香の姿を探した。
自動販売機の前で春香の姿を見つけると、声を掛けようと近づく。
春香はマスカットジュースを手にすると、「勇気を出して描かなきゃ……」と小さく呟いていた。
そしてそのまま俺には気づかず走り出してしまった。
その後も制作時間が続くが、やはり春香は筆が進まない。
俺も進まないのは同じだった。
けれど……。
俺は黙ったまま、春香の動向を見つめていた。
今日はお昼休みに春香はお弁当を、冬結は売店で買ったサンドイッチを持って学食にいた。
「春香、本当に好きなのね」
「はい」
春香は冬結に照れながら笑顔を向けた。
お弁当箱の横にはさっき買ったマスカットジュース。
俺は幾度となく春香がマスカットジュースを買うのを見ていた。
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