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俺の嫌な予感は次第に春香の絵の輪部がはっきりしてくる度に明確になり、その都度心が重苦しくなってきた。
一体誰なんだ? あのシルエットは。どう観ても肩幅が広いし、考えたくはないが男性?
若い男性。僕らとそう違いない年の男。
俺は何を思ったのか、ショックのあまりおもむろに立ち上がるとそのまま彼女の傍に向かった。
後から聞いたんだけど、俺の左斜め後ろで作業をしてた冬結が何事かとパレットナイフで作業していた手を止め、キャンバスから顔を覗かせ俺の後姿を伺っていたそうだ。
「は、いや、月恋さん、あのっ……」
自然と体が春香の背後に回っていた。
俺の気配に気づいた春香が驚いて振り返る。
その時にイーゼルの横にあった写真を改めてみることができた。
そこには笑顔の好青年とペットらしき猫が写っていた。
その隣に丸い椅子があり、その上には例のマスカットジュースが置いてある。
「あの、これ、誰っすかね?」
俺はいつもの調子で軽いノリでついストレートに写真について訊いてしまった。
笑顔を見せるも乾いた笑いしかできない。
唐突すぎたのか、やはり春香は押し黙り、何も声を発してはくれない。
やべー俺やっちまったかも……。
「いやっ、す、すいませんっす。いや、別にそのっ、月恋さんいつも風景画が多いからこういうの初めてだなって、思っただけで、はは、そのっ、ほんとに、他意は、ないっす!!」
夏来???。あんたの行動わかりやすっ。
これも後から聞いたんだけど、その時冬結はそう思ってがっくりうな垂れたらしい。
押し黙る春香と俺との間に、シベリアにでもいるような身も凍る切ない風が吹き抜けて、俺は固まったまますすすーと後退していく。
もう終わったかも俺……。
まさに堅雪はるか、凍み雪なつこ。
と、春香は何かを決心したように、顔を上げ、俺の方に振り返ると、微笑んだ。
「この方は私の大切な方なんです」
上から見ると、眼鏡の中の瞳の長い睫がそっと伏せられる。
「あれからもう4年になります。時間だけ、時間だけがどんどん過ぎていくのです。美術部のみんなの期待を背負ったまま、私だって、高校生から大学生になりました。でもあの時からずっと私の時間だけ止まっているのだと思います」
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