0人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
俺はその日、どこをどう辿って帰ったのかわからず気づくと家の部屋の中に立っていた。
俺にとってはもしかしてこれが初めての自発的な恋なのかもしれない。
でも、一方的で相手に何も勝負をしかけないまま、いきなりノックアウトされた感じだ。
暗くなってきた部屋の灯りをつけると、ため息が漏れる。
あの男は春香の恋人だった。
でも、あんな奴大学にいたっけ? いや、いないよな。
それじゃ他の大学にいるのか?
でもそれじゃどうしてあんな絵いきなり描きはじめたのだろう。
ああ、プレゼントでもするのかな。
その男の誕生日が近いとか芸術際でラブラブぶりを見せ付けるためとか。
例えば……。
「先輩、これが私の愛です」
「春香ちゃん、よく描けてるよ、僕にこの絵くれるのかい?」
「もちろんです。そして……」
眼鏡を外したコロボックル春香が裸の自分をラッピングした可愛らしいプレゼントの袋から顔を出している。
頭には大きなピンクのリボンが!
「一緒に春香ももらって……」
頬を薔薇の花びらみたいに真っ赤に染め、艶やかなグロスを付けた唇が軽く開きかける。
うおーーーー誰がやるかーーー早まるなーーー春香ちゃんーーー!!
くそっ、戦う前から俺負けかよ。納得いかねぇ。
翌日夏来は大学へ向かう。
どうしてもいつもこの時間を計ったように行くのかは、必ずこの時間帯に春香と遭遇することが多いからだ。
遭遇すると言っても見かけてもなかなか声を掛けるチャンスがなく、ただ後ろ頭を眺めているだけなのだけど。
今日はその登校中の坂道で突如、足元のアスファルトの道がカラフルな事に気づく。
匂いですぐにわかった。油絵の具の匂い……。
なんだこれ? 芸術際に向けての新しい宣伝活動か?
そんな事を思いながら、転々と蒼や、朱色、深緑の明らかな油絵の具の後を追っていくと、その先に道具箱をひっくり返したままおろおろしている春香の姿を見た。
どうやら油の道具箱を途中でぶちまけてしまったようだ。また誰かにぶつかったのかな。
流石に学校へ向かう生徒の何人かが心配してそれらを拾い集めている。
「は、月恋さん!」
思わず俺は春香の傍に駆け寄った。
文化祭が近いこともあり、どうやら春香は家でも制作をしていたようだ。
最初のコメントを投稿しよう!