ヨン。

12/20
183人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
「さむい、ふゆ、だからー」 「は? 今の独り言? てか歌った?」 なんかずっと昔の、高校生くらいの時の曲に、そんなフレーズがあった気がする。 音痴だな、と木嶋さんが笑う。 知ってるよ、自分が音痴なことくらい。 「その手」 「あ、悪い」 慌てて頭に乗せたままの手を離す。 あったかかったのに。 きもちいーですって言おうとしたのに。 「冬だから」 「あー何。歌じゃないの? さっきの」 「うん。冬だから、寒いみたい」 「え、ここ暖房暑いくらいじゃね? もしかして風邪でも――」 「寒いんです、ずっと」 淋しいんです。 ――って言うのは、狡いんだろうな。 酔ったフリではない、断じて。 事実今酔ってなきゃ、こんなことは絶対に口にしない。 ましてやこの人に――仕事上のパートナー相手になんか。 木嶋さんがはっとしたように息を飲んだから、私が『寒い』に言い換えて我慢した『淋しい』は筒抜けだったんだろう。 彼は困ったように目を泳がせた。 そーか、この人、困るんだった。 恋するオッサンだったわ。 「だいじょーぶ。あっためてとか言わないから」 「あのな、お前」 「一人でだいじょーぶ」 「……大丈夫に、見えねえぞ」 大丈夫だもん。 だってあの人が、そう言った。 「もう一人で大丈夫だよなって」 「……言われたのか、旦那に」 「あの人がそう言ったから」 だから、大丈夫なの。 最後まで言い切る前に、もう一度頭の上があったかくなった。 おっきな手。 あったかい手。 力強い手。 「ちょっと。泣きそう」 「泣けばいいんじゃね」 「変な噂になるよ」 「別にいいんじゃね」 「困るくせに」 「だから、俺は別に困んねえの」 なんでよ、意味がわかんない。 わかんないよ、とぶつぶつ繰り返しながら、ボロボロ泣いた。 木嶋さんはワシワシと少し乱暴に私の頭を撫で続けた。 空いてる方の手で煙草をふかしながら、ずっと黙ったまんま。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!