183人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
「さむい、ふゆ、だからー」
「は? 今の独り言? てか歌った?」
なんかずっと昔の、高校生くらいの時の曲に、そんなフレーズがあった気がする。
音痴だな、と木嶋さんが笑う。
知ってるよ、自分が音痴なことくらい。
「その手」
「あ、悪い」
慌てて頭に乗せたままの手を離す。
あったかかったのに。
きもちいーですって言おうとしたのに。
「冬だから」
「あー何。歌じゃないの? さっきの」
「うん。冬だから、寒いみたい」
「え、ここ暖房暑いくらいじゃね? もしかして風邪でも――」
「寒いんです、ずっと」
淋しいんです。
――って言うのは、狡いんだろうな。
酔ったフリではない、断じて。
事実今酔ってなきゃ、こんなことは絶対に口にしない。
ましてやこの人に――仕事上のパートナー相手になんか。
木嶋さんがはっとしたように息を飲んだから、私が『寒い』に言い換えて我慢した『淋しい』は筒抜けだったんだろう。
彼は困ったように目を泳がせた。
そーか、この人、困るんだった。
恋するオッサンだったわ。
「だいじょーぶ。あっためてとか言わないから」
「あのな、お前」
「一人でだいじょーぶ」
「……大丈夫に、見えねえぞ」
大丈夫だもん。
だってあの人が、そう言った。
「もう一人で大丈夫だよなって」
「……言われたのか、旦那に」
「あの人がそう言ったから」
だから、大丈夫なの。
最後まで言い切る前に、もう一度頭の上があったかくなった。
おっきな手。
あったかい手。
力強い手。
「ちょっと。泣きそう」
「泣けばいいんじゃね」
「変な噂になるよ」
「別にいいんじゃね」
「困るくせに」
「だから、俺は別に困んねえの」
なんでよ、意味がわかんない。
わかんないよ、とぶつぶつ繰り返しながら、ボロボロ泣いた。
木嶋さんはワシワシと少し乱暴に私の頭を撫で続けた。
空いてる方の手で煙草をふかしながら、ずっと黙ったまんま。
最初のコメントを投稿しよう!