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楽じゃない仕事だ、ということを、彼は隠そうとしなかった。
その割に大した会社じゃないし、待遇面はそう良くない、ということも。
彼の話しぶりを聞いていると、内定が前提にあって、その上で私に選択肢を与えているみたいだった。
入れ替わりが激しく人が定着しない会社なのだということも。
それが、きちんとした基盤がない会社の体制のせいだということも。
そしてだからこそ、そこを変えていける人材が欲しいのだということも。
都合の悪いことをひとつも誤魔化さずに、ストレートに私を『欲しい』と彼は言った。
私は会社や仕事内容に惹かれた訳では決してない。
ただ私がこの会社を選ぶことでこの実直なオッサンの過労死を防げるのなら、この人の力になりたいとは思った。
数えるのも面倒なくらいの企業にふるい落とされてきた無価値な私に、初めて価値を与えてくれた人だったから。
嘘を吐かない人間に嘘は返せない。
もしもやる気があるのなら商品の買い付け等もいずれは任せたい、という言葉には正直に首を横に振った。
それはやる気でどうにかなる問題ではない。
経験も知識も相場勘も圧倒的に足りないし、何より私はオークション会場の緊迫した空気に耐えきれる精神力を持ち合わせていないから。
「前職の関係でオークション会場には足を運んだことがあります。あの場で一瞬の判断で数百万の買い物をするのは私には無理ですし、申し訳ありませんがやりたいとは思いません」
これで落とされるなら大いに結構、というつもりで言った。
オッサンは眉をぴくりと動かした後に、なるほど、と何かに納得したように頷いた。
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