第1章

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この世界での【人間】の在り方は、どこか冗談に満ちている。 メインコンピューターに従う正常なプログラムを持ち、自ら情報処理を行って適切な行動に移せる規則正しいアクションを起こすことを大前提とした二足歩行の物、それが【人間】という。 自我を持たずとも適切な受け答えが出来るならばそれは【人間】であり、適応しない受け答えをしたならばそれは不良品で、即座に強制停止、改善の余地が見られなければ即刻廃棄となる。 その改善の見込み有無から廃棄処分までを担当している僕は今日、動かなくなった一体の【人間】を渡された。 「馬鹿みたいに一日中笑い倒していたようだ。感情回線がイカれたのかも知れないな」 素っ気ない言い方で僕にカルテを押し付けた上司は、手押しカートに無造作に寝かされた女性を指差す。 「いいな、改善の余地の有無は、しっかりと選別しろよ。廃棄処分の場合は、必ず使えそうな部品を回収しておけ。それだけで一体の【人間】を造るコストが大幅に浮くんだ、わかったな」 「はい」 心からの返事ではなかった。 その二文字を読み取った目の前の上司は、僕が自分の指示に従ったことを確認し、満足そうにして去って行く。 僕は、カートに寝かされた女性を不憫に思い、その体を抱き上げて台の上へと寝かせた。 軽々と持ち上げたつもりだったが、女性の上半身を支えた左腕に痛みが走る。 毎日毎日廃棄分別に追われる日々では、まともな運動もままならないのだ。 カルテを開く。 シャットダウン原由は感情回線の混乱による精神上の故障。 つまり、頭がおかしくなってしまった、というのが簡潔な理由だった。 誰に危害を加えたわけでもないが、【人間】らしい振る舞いを行えないそれは、強制停止対象なのだ。
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