第1章

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本日担当した廃棄分別対象の【人間】の処理が終わり、デスクチェアにどんと腰かけた。 壊れた【人間】の修理をするというのは、気が楽なものだ。 例えその【人間】に、本来の意味での“感情”がなかったとしても、救ってやったことに変わりはない。 対して僕の所属する廃棄分別というのは、惨たらしいものだった。 使えない、動かないとわかった時点でその【人間】を、例え本来の意味での“感情”がなかったとしても、殺してしまうことに変わりはないのだ。 人を殺めるのはあまりにも酷だった。 いくら造られた【人間】とはいえ、それはまるで生身の人間のように笑い、会話をし、触れ合うことだってしている。 そうした行動を取る物の破壊、その行為を殺人と呼ばずに、何と呼ぼうか。 だからこそ僕は、ほんの少しでも改善の余地の見られる【人間】がいたならば、どんなに悪態を吐かれようとも修理はしてもらいたいと思う。 それは自己保身でもあり、本当は【人間】と関わりたくないという本心の顕れでもあった。 僕はそのむかし、大切な人を失った。 栗色の優しい瞳が印象的な、綺麗な女の人だった。 多分、母親だとか、姉だとか、恋人だとか、そういった関係ではなかった。 感覚として残っているのは、大切な人。または、大好きな人。 僕にとって母であり姉であり、恋人のようでもあった彼女は、多分、僕の身の回りの世話をしてくれていたのだと思う。 僕が心因性の記憶喪失を患う原因となったのは、恐らくその彼女を失ったショックによるものだ。 派手に記憶を失ったわけではなく、一部分だけをどうしても、思い出すことが出来ないのだ。 ひとつは家族のこと、もうひとつは、彼女を失った直後の丸一年。
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