第1章

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彼女が僕を守って壊れたその直後から、もう既に記憶がない。 しかし、直前に彼女と交わした最後の約束は、15年以上経った今でも色濃く残っていた。 「ワタシが動かなくなっても、必ず生き延びて下さいね。約束ですよ」 そう言いながら僕を見るその顔は、所々の皮膚が剥がれ、鋼の部分が剥き出しになっていた。 そこで僕は、大好きな彼女が【人間】であることに気付かされた。 彼女はどこかの工場で製造され、お世話係としてプログラミングされると、僕の言葉を理解するふりをして頭の中の引き出しから適応した言葉や身ぶり手振りを引っ張り出し、感情回線を通って全ての動作を実現させていたのだ。 だから彼女に自我はなかった。全て正常に作動していたからこそ彼女を慕うことが出来た。彼女は正常だった。とは、言い切れない。 僕はコーヒーの入ったマグカップを手に取ると、明日の廃棄分別のカルテを捲りながらそれを口に含んだ。 ひとつのカルテで手を止めると、僕は左手で赤いペンを取り、あるワードを丸で囲んだ。 “有思考者(ユウシコウシャ)” 読んで字のごとく、思考を持つ【人間】のことを指す。 ほとんどの【人間】は、物事の結論や判断に達するために使う部分、思考回路が頭の中に必ず設置されており、そこを見聞きした情報が通ることにより、様々な引き出しから適切なアクションを選んで、それを体へ反映させるためにまた思考回路を使う。 そうすることでより人間らしく振る舞えるのだが、“有思考者”というのはその思考回路の発達が著しく、アクションの引き出しが初期のものより格段に増加しているのだ。
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