第1章

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例えば、このコーヒーを飲んだとする。 通常の【人間】であればこれを「おいしい」と表現するか、もしくは筐体によっては「苦い」と判断する物もいる。 それが正常に作動している状態だが、“有思考者”の【人間】の場合は違う。 彼らの場合、「体に染み渡る」だとか、「休息には最適」といった、コーヒーに対する捉え方が味だけに留まらない。 それは元々初期の引き出しにはない表現で、“有思考者”の【人間】が自ら考えて出したアクションなのだ。 それが“有思考者”であり、簡潔に述べればそれらは、自我を持つ、ということになる。 おかしい話なのだ。 作り上げたゲームの中で、キャラクターが設定以外の言葉を話す筈はないし、プレイヤーの操作以外で勝手に動き出すこともない。 もし勝手に動き出すことがあれば、それは不具合だ。 おかしな行動を取ることは廃棄分別の対象となるが、ゲーム内のキャラクターが設定していない言葉を喋り出したら、それは不具合ではなく、プログラムを超過した“何か”である。 その“何か”が、“有思考者”だ。 “有思考者”とそうでない物の典型的な区別として、『自分が製造された【人間】であることを認識しているかどうか』が挙げられる。 “有思考者”は、自分がプログラムによって製造された物なのだと、しっかり認知しているのだ。 従って、僕の記憶の中にいる彼女は、“有思考者”ということになる。 もしかしたら、“有思考者”と僕のような母胎から産まれた人とは、何ら違いはないのかも知れない。 第一、血縁上の父と母を持つ人は、この世界にはもうほとんど残っていない。 ちなみに、家族の記憶がない僕が何故母胎から産まれたことがわかるのかと言えば、僕には、幼少期があるからだ。
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