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「わかりました。それじゃあ、思考回路を調べるので」
「あなたは左利きですか」
僕の言葉を遮り、抑揚のない声で男性が声を重ねて来た。
僕はカルテにペン先を滑らせていた右手を止める。
「いいえ、違いますよ」
率直に答えると、男性はじっと僕を見つめ、何か解析でもするかのような間があいた後、ふっと肩の力を抜いた。
「驚きました。あなた、人間ですか?」
多分、その時の僕の思考は停止していた。
彼の言葉が頭の中で反芻され、どっちの意味での人間を指しているのか、その質問の意図は何なのか、“有思考者”の考えていることがさっぱりわからなかった。
僕が黙っていると、男性はこちらにぐっと顔を近付け、じっと見つめてきた。
これが目であるのか、ガラスの玉であるのか、確かめるかのように。
「育成プロジェクト、ご存知ですか」
男性が言ったのは、そんな言葉だった。
故障で情報処理が正しく行われていないのだろうか。
「初めて与えられる筐体は、子どもの姿をしています。そこでいくらかの経験を積んで、ある程度情報処理が上手に行われ始めると、次には大人の筐体が与えられます。もちろん記憶は引き継がれますが、何しろまだ未完のプロジェクトですからね、どうしても、記憶の欠落が出てしまうんです」
男性は倩と、いっそ奇妙な程饒舌に言葉を述べる。
「幼少期の記憶はあるのに、区々と記憶が、すっぽぬけてしまうんですね。ですから中には、自分はむかしに大量虐殺された人間の生き残りで、【人間】たちにバレたら殺されてしまうと、びくびくしながら生きている物もいるみたいです」
そこで男性は、声を潜めた。
「あなたは、ご自分のこと、ちゃんと知っていますか」
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