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琴葉に怒鳴られて、陸奥は叱られた子どものように目をキュッと閉じる。
椅子に蹴つまずきながら立ち上がり、
「うんじゃあ、行ってくるね」
琴葉をひょろりとした長身から見下ろした。
しかし困ったように眉の間に皺を寄せると、
「あの、お金持ってない……」
囁くような声で言う。
琴葉はカッと頬を赤くし、カバンから財布を出すと、財布ごと陸奥の顔に投げつける。
「私が払います。パンの配達料です」
陸奥が行ってしまっても、ランチルームには、好奇心に満ちた眼差しとザワザワとした無責任な囁き声が飛び交った。
「橋田くんって、使用人の生まれって本当みたいね」
「琴葉さんと橋田くんは乳兄弟だから、学費も三間坂のおじさまが出しているのでしょう。でもようは乳母の子ってことよね」
琴葉の耳に、もちろん聞こえないはずはない。
けれど琴葉は顔をあげたまま、毅然としていた。
しかし、
「じゃあ、橋田くんは琴葉さん付きの小間使いってこと?」
「近頃はイケメン執事ブームだけど、陸奥くんじゃ、本当にただの小間使いよねぇ」
嘲笑の混じった噂話が囁かれた瞬間、琴葉は、椅子を鳴らして立ち上がる。
三間坂家といえば、大財閥だ。
囁きを交わしていた生徒の中にも、三間坂家に社運を握られている子息子女も多い。
使う者と仕える者。
目に見えない溝が、琴葉とクラスメートの間を隔てていた。
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