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美術館の前まで来たときに、おもむろに私は立ち止まってスマートフォンを取り出した。無性にこの景色を写したくなった。タイルと美術館を一緒に撮るために、しきりにスマートフォンの持ち方と体勢を変えていると、
「俺も入る?」
とアキが後ろから少し楽しそうに言った。アキの全身が入るまで後ろに下がると、撮りたかったものが全てフレーム内に収まった。少し夕焼け色が挿し始めた空と美術館とタイルとアキ、言うこと無しだ。健全のくせに不健康な肌の色をした背の高い彼は、白樺を彷彿とさせる。それが嬉しかったからかアキへ歩み寄るうちに、抱きつきたくなった。
「ねぇ」
私が声をかける前も後も、アキは私をずっと見ていた。度々あるこの瞬間は、アキと私は恋人として好きあっていると錯覚させる。
その時、今朝みた幼い頃の光景がふと頭をよぎった。
その後浮かんだ光景は、何度思い出しても胃の底が冷える感覚に襲われるその光景は、私の気持ちを一気に淀ませた。アキの目の前に立った時には、先程の高鳴りはおさまっていた。
「やっぱりアキ入らなくてよかったわ」
「うわ、理不尽」
苦笑いするアキが、さっきの下品な私欲に気がついていなければいいのに。
アキと別れて車に乗り込み、エンジンをかける前に写真を見返した。美術館が建つ前の風景を思い出しながら眺めていると、アキが3年前よりうんと大人びて見えた。私がここに並んで写っていたら、さぞかし悪目立ちするだろう。
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