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色は明るい。匂いは蒸した草。貴女の声が耳をくすぐり、その笑顔に私の心ははにかんでいた。
そうだ、これは夏の記憶。もう何年前になるのだろう。高校2年生の私達の思い出だ。
私達はいつも向かい合って座っていたのを覚えている。授業の合間、昼休み、そして放課後。話題は様々。流行りのファッションやら、芸能人が整形をした場所やら、雑誌に載っていることが殆どだった。
ステレオタイプな私達を特別なものにするのだとしたら、それは私達に架かった絆だけだったのであろう。
貴女は私の全てだった。狭かった当時の私の視界を埋め尽くしていたのは、学校、否、世界で貴女だけだったのだ。
今ではぼさぼさに長いこの髪も、あの時は貴女を真似して短くしていた。笑い方まで頑張って真似していた。
とにかく貴女が私の全てだったのだ。
ある日貴女がこんなことを言ったのを覚えている。
「イカロスは何で高くまで飛んだんだろうね」
と。日差しの差し込む放課後、教室にいたのは私達だけ。貴女は席を立ち、窓を開け放ってそう言ったのだ。
私は貴女が何を言っているのかよく分からなかった。イカロスの翼は大雑把には知っていたが、しかしイカロスの心情など考えたことなど無かった。
私が黙っていると貴女は続けた。
「あたしはさ、イカロスは手に入れた自由の可能性を試してみたかったんだろうな、って。そう思うんだ」
窓の外から響く蝉の声を背に受けて、そう言った貴女の表情を私は今でも忘れられない。貴女はとても苦しそうな顔をしていた。それを隠すようにすぐに窓の外へ視線をやったことも覚えている。
いきなりどうしたの? と。私が訊くと、貴女は蝉時雨に紛れ込ませるように小声を漏らした。
あまりに小さな一言だったが、私は聞き逃さなかった。
「今の私には試すこともできない」
貴女は確かにそう言った。あの時の貴女は何を思っていたのか、あの時の私には到底理解できなかった。
だから、今。私は貴女に思いを馳せるのだ。
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