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貴女から送られてきたメール、今も残っている。何度も見返したメールのひとつだ。
件名は無し。今日もおつかれ、の一言で始まる本文。絵文字嫌いな貴女のメールはシンプルで、私はそんなデジタル文書が好きだった。
貴女はそこでも何かを想っていた。まるで吐き気に耐えられずに吐き出してしまっているかのように。貴女は苦しみを吐き出していたのだろうか。
『今日もおつかれ
私たちってさ、結局何か
に囚われて生きてるんだ
よね
ルールとかノルマとか人
間関係とか家族とか
何かから逃げても他の何
かからは逃げることなん
てできないんだよね』
学校帰り、家に着いた直後の受信だったことを覚えている。何かを思い詰めるような貴女の文面に、私は何と言えば良いのだろうと玄関に立ち尽くした。結局、その直後に『変なこと言ってごめん』と短いメールが届いたことで私は逃げることとなってしまった。
翌日の貴女はいつもとなんら変わることなく笑顔を私にくれた。私は愚かであった。私は何も気がついていなかったのだ。私は貴女について、何も気がついていなかった。
「あたしちょっと病んでたわー」
こんな貴女の一言を鵜呑みにした私は、貴女と始める一日を楽しむことしか考えていなかった。
結局、私も囚われていただけだったのだ。貴女との日常に。しかし、私はそれを嫌だとは思わなかった。今も思っていない。
しかし、貴女が望んでいたのは何事にも囚われることのない自由、ただそれだけだったのだろう。
ある休日の昼。本屋に行った帰り道、貴女に偶然出くわした。あれはたしか銀行の前だった。自動ドアの隙間から漏れる冷気が頬に当たる感覚が蘇る。
貴女は私を見て驚いていた。私も驚いていた。喜んでいた。貴女に会えたから。
しかし、その時は。一言二言、たったそれだけを交わしただけで別れてしまった。
用事がある、と。そう言っていた貴女の顔は、何故だかとても申し訳なさそうに沈んでいた。
あの時、貴女は何をしていたのだろうか。貴女がポケットに慌てて突っ込んだカードから想像するしかなかった。だが、キャッシュカードなんて持っていなかったはずの貴女の行動は、私には到底読めなかった。
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