160人が本棚に入れています
本棚に追加
ほんとマジでホント。ヤバイと思うんだこの状況。
どーすんの俺、どーしちゃうの俺。
何人分もの距離があるのに、すぐそばに在るような熱い体温。
溜息混じりの呼吸が耳元に響いてくるみたいでヤバイ。
現在絶賛朝の通勤ラッシュ中。
地下鉄のすし詰めの車内で、俺は気がついてしまった。目ががっちり合ってしまった。
乗り込んでしばらくして感じた車両の隅で息を詰めるひとりの男の視線。
さわやかな朝の時間に似合わず、色白の肌を煽情的に紅潮させて、潤んだ目で俺を見てた。
そしてもうひとつ。
その視線を辿って俺を捉えた意外な顔。
いつも弱腰で、三十の半ばにして未だ童貞なんじゃないかと社内で噂されている冴えない上司が、色白の男を壁際に貼り付けるようにして覆いかぶさっている。
体感にして乗車率200パーセントを軽く超える満員電車。
僅かな隙間を探して身体を滑り込ませ、6つ先の下車駅まで揺られる間、毎朝、地方への転勤希望を考える。
そんな慎ましい妄想の最中、ふと視線に捕まった。
そして、残念ながら俺には分かってしまったんだ。
ふたりが〝何〟をしているのか。
心底分かりたくはなかったのに、察してしまったのだ。
紅潮した頬と、奥歯を噛みしめ、懸命に何かを堰き止めているような表情。
そして、未だかつてなく異様な存在感を放つ上司。
地表深くに取り残された化石のように社内に存在する年功序列システムによって、順当な役回りで肩書きを与えられているものの、いつもおどおどと部下に指示を〝お願い〟している男が、どういうわけか、今は別人のように生気に満ちている。
上司の流行遅れな大きめのトレンチコートが、満員電車の密度を利用して、巧くふたりの身体を覆っている。
最初のコメントを投稿しよう!