第一章

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「葉山プロモーション」は芸能事務所である。現社長の葉山寛が人気女優だった妻、上崎彩乃と立ち上げたもので、七、八年前までは小さいながらもテレビでもたびたび姿を見るタレントが数名所属する、名前の知られた事務所だった。しかしその妻が亡くなると、タレントは次々と大手に所属を移し、転落の一途を辿った。  結果、葉山社長の“怖いお友達”の縁もあって、AV事務所へと成り下がったわけである。 「はい、そこ。そこ間違いな。ここはAV事務所ではありません」  人を待ちながら、社長が留守なのをいいことに、これまでの事務所の仕事を振り返り、そして先行きの不安について飯塚と話していた。 「俺が来てからAV以外にまともな仕事ありましたっけ!?」 「ありましたー。椿が担当してる子が売れてなかっただけですー」 「この事務所で一番売れてんの志岐じゃないっすか!」  椿が社長に志岐のマネージャーになるように言われたのは昨日のこと。今日は事務所で、飯塚とともに志岐の到着を待っていた。  椿由人はこの芸能事務所の社員として働いている。社員の中では一番年下ということで、よくこの飯塚にはからかわれていた。飯塚は三十代後半だが、無精髭がよく似合う所為でさらに年を食って見える。童顔であることを気にしている椿は、そんな飯塚を見て自分も髭を伸ばそうかなと考えたこともあったが、飯塚には鼻で笑われ、社長には必死に止められた。
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