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そして椿が今待っている相手。
志岐天音(しきあまね)はこの事務所で一番売れっ子のAV男優である。主にゲイ向けのAVに出演していて、その中性的な雰囲気、あどけない顔が受けていた。
椿とも面識はある。しかしどちらかと言えば嫌われていて、椿もまた、志岐のことは苦手だと感じていた。
「どうしても俺じゃなきゃダメっすかね」
「社長命令」
「へい」
「だいたい、椿はAmeのファンだろ? だったら志岐のマネージャーなんて嬉しいんじゃないのか?」
「そんな単純な話じゃないんすよ……」
「憧れのアイドルと同じ顔! いいじゃん」
「Ameはアイドルじゃないっすよ!」
「あーはいはい」
Ameというのは、椿が十代の頃に夢中だった歌手である。そのAmeと、志岐の顔が似ているのだ。とはいえ、Ameは引退した時十七、八歳で、今志岐は二十二歳。年齢的にも瓜二つというわけはないのだが。
しかしその大好きな歌手と同じ顔の男がAVに出ているというのは、椿を非常に複雑な気持ちにさせた。
そして椿のAme好きは志岐も知ることで、どうやらそれが気に入らないらしく、元々決して愛想のいい男ではないが、椿には特別無愛想だった。
「おはようございます……」
ぼそりと、小さな声が聞こえた。
その声で椿がドアの方に視線を上げると、志岐天音がこちらを睨むように見ていた。
「おーい、椿。志岐目ぇ悪いだけだからな。今日コンタクトしてねえんだろ。応戦しようとすんな」
「あ、つい」
「ついじゃねぇ、元ヤンキー」
「それ言わないでください」
「志岐―、こっちだ」
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