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命乞いをするかのように激しく泣き叫ぶ蝉の音が、翔也の耳に届いた。
その音はまるで一分間に0.01グラムしか砂が落ちない砂時計を見ているくらいに飽きを感じる音だった。
翔也は靴紐を少し不器用に結び直し、父と母の背中を追った。
翔也は、父と母が働いている水族館に遊びに来ていた。
父の勝はイルカトレーナー、母の貴美子は飼育員をしている。
六歳、夏。
小学校に入ってから初めての夏休みということもあり、翔也はわくわくしていた。
走りすぎてすぐに解けてしまう靴紐はさきほどイルカショーを見たせいで少し濡れており、砂利のせいで茶色く汚れていた。
翔也は勝と貴美子の手を繋ぎ、炎天下を歩いていた。
色彩が透ける青空に、蝉の音が重なる。
ふと、翔也は水槽を指さし口を開いた。
「ねえ、ママ。あれなあに?」
指がさされたほうを見ると、飼育員が水槽を泳ぎ餌を上げていた。
貴美子も普段は、魚たちに餌を上げる仕事をしている。
「ああ、あれはね、お魚さんたちにご飯をあげてるのよ」
「ふうん。ねえ、ママ。僕もやってみたい!」
翔也の純粋な奥行きの深い目が、キラキラと光っている。
その様子はまるで、宝石箱の中を覗いた星たちのようだった。
貴美子は少し悩む素振りを見せ、勝を見やった。
勝は小声でせっかくだから、と言い、貴美子はそれをきき曖昧に頷いた。
「しょうがないわね、特別よ」
そう言うと、翔也はぱあ、と顔を光らせて笑った。
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