☆ 泉さんの声色

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「光さん、逃げたらダメでしょ。  疲れたのなら、私の筋トレに付き合ってください。  光さんを抱っこしたままスクワットするんだから!」 「な、なんですか!? それ……。  ダメです! そんなことしたら、傷に障ります!」 「やっぱり……、傷を気にしているんですね。もう大丈夫なのに」  泉さんは、ほら見て! 見て! とばかりにその場で空手の型を披露した。  私が空手を始めたのは小学生の時だった。  確か……、知らない男性に追い回された経緯があって、心配した父が護身術のために空手を習わせたのが、きっかけだったと思う。  けれど私は、護身術よりも空手の『型』の美しさに魅せられて、熱心に練習に励んだ。  結果的にはそれが両親の思いとも一致したし、私自身、空手を続けることで肉体的だけじゃなくて、精神的にもプラスになったと思う。  さすがに大人になった今は、習う側から教える側へと立場は変わったけれど。  泉さんは、私が受け持っている【成人空手教室】で初めて空手を習ったという。  一般向けの空手教室なので、特にハードな練習をさせた覚えはない。  それなのに、もうかなりの型を習得していた。  シュ、シュという音と共に、一つ一つの型が綺麗に決められている。  その綺麗な姿に見惚れていると 「たぁー!」  拳がすぐ目の前で止まった。 「光さん、さすがですね。瞬きさえしない。見切られてるなぁー」  満足そうに笑って、腕を下した。 「でも……隙だらけですよ?」  そして大股で一歩踏み出し、私のすぐ目の前に顔を近づける。
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