好きの定義

6/6
前へ
/9ページ
次へ
自分勝手だということは十分に承知している。 けれど、葵が自分に抱いている気持ちが消えるなんて、そんな、こと。 許せるわけがない。 「俺がもしも、お前のことが好きだって言ったら、どうする」 二人の髪を風が撫でた。 葵は亮太の言葉に目を丸くして、口を小さく開いたまま暫く固まっていた。 亮太の言葉を理解するのに今度は時間が掛かったらしい。 そして理解して、何度か瞬きを繰り返すと葵はそっと端正な顔に笑みを浮かべて、そして、言った。 「そういう冗談、いらねーって」 そう、言ったのだ。 それは紛れもない、拒絶。 亮太の手からするりと抜け出し、葵は「あんまそういう冗談言わないほうがいいぞー」なんて、「本気にする奴だっているんだからな」なんて、言うのだ。 (ならお前が本気にしろよ)と、亮太は最高潮の苛立ちにひくひくと口元をひきつらせながら、葵の背中を睨んだ。 拒まれて、しまった。 決してそれは仕返しで葵がわざと拒んだ訳じゃない。 純粋にそう思って言ったのだろう。 亮太がもし自分を好きになるなんて、と、信じられなかったからそう言ったのだろう。 ああ、ああ、イライラする。 焦りが大きくなる。 (ーー…認めてやるよ) この時、亮太は漸く葵に抱いてしまった己の気持ちを認めた。 葵を目で追うようになって、葵のことばかりを考えて。 知らないうちに友人である葵に抱いてしまった、気持ちを。 葵のことが、好きだという気持ちを。 (…ぜってー、このまま逃がしてなんてやらねえ) ーーー捕まえてやる。 自分がまさか誰かを好きになるなんて。 相手を追う程に、好きになるなんて。 亮太は一度だけゆるりと口角を上げたあと、すぐに無愛想な表情へと戻り葵のあとを追うために走り始めた。 【完】
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加