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―――葵は、俺のことが好きらしい
亮太は、隣で無表情でパンを食べる葵にちらりと視線を投げかけ、小さくため息を吐いた。
“らしい”というのは、本当に好きかどうかわからないからだ。
だからといって、亮太が勝手に葵が自分を好きだろうと予想しているわけではない。
でも葵が告白したわけでもない。
とある日ひょんなことから知ってしまったのだ。
亮太は知ってしまった、葵が抱いている気持ちを。
葵は知られてしまった、己が抱いている恋心を。
亮太と葵は中学の時から友達という関係だ。
互いに互いと居る時が一番落ち着いて、気楽で。
だから亮太は葵と一緒に居るのが好きだった、なのに。
(裏切られた、気分だった)
もしも葵が女だったら亮太も少しは考えたかも知れない。
けれど葵は亮太と同じ男だ。
亮太には同姓と付き合う趣味はない。
例え葵が友人だろうと、男にしては細い身体で、綺麗な顔をしていても、葵が同姓というだけで亮太にとっては範囲外だった。
男とキスやセックスなんて、絶対に無理だ。
だから葵の気持ちを知ってしまったとき、亮太は正直に顔をしかめてしまった。
自分に向けられる葵の感情を、気持ち悪いと思ったのだ。
挙句にそれだけでは終わらずに、「笑えねえな」と言ってしまった。
言ってしまったのだ。葵に。
言ってから亮太は(やべ、)と顔をひきつらせた。
普段あまり表情を動かすことがないからわかりにくいが、葵は意外と傷付きやすいのだ。
そういった時にどうすればいいかわからない亮太は珍しく視線をさまよわせて言葉を探していたのだが、そんな彼の心配を裏切って葵は「だよな」と返した。
傷付いているのを必死に隠している風でもなく、泣きそうな声をしているのでもなく。
いつも通りの動かぬ表情を浮かべて、黒い瞳で亮太を見上げて。
彼は言ったのだ。
「あんたの反応はいたって普通だよ」「伝えるつもりなんてなかったんだけどな」「悪いな、嫌な思いさせて」「俺のこと気持ち悪いだろうけど、あんたのこと諦めるようにするからこれまで通りでいたいんだけど」「……つーかなんだよその顔、亮太らしくないぞ」
なんて。
相手からの拒絶を目の当たりにしたというのに、何でもないことのように、そう言ったのだ。
その日から亮太は、葵のことが少しわからなくなった。
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