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誰かを、自分以外の人を、好きになる。なんて、亮太は知らない。分からない。
誰かを好きになって、その人のために一生懸命になって。
知らないけれど、理解できないけれど、それでも葵が少し変わっているのだけはわかった。
好きな相手が出来ても己の気持ちを伝えようとせず、その相手に拒絶されてもなくでもなく、諦めると平然と言って。
(よく、わからねえ)
缶を傾けて、珈琲を一気に喉の奥に流し込み、亮太は二度目の溜息を洩らした。
葵の気持ちを知った次の日、亮太は警戒していた。
諦めるといった葵の言葉を疑ったからだ。
今まで付き合ってきた女が皆しつこかったのもあった。
けれど、どうだろう。
葵は何もなかったかのように振る舞うではないか。
今まで通り。
何も。何も変わらない葵がそこに居た。
だから、亮太は葵の要望通り、今までと変わらない関係を続けた。
元々亮太だってこんなことがなければ、―――人に干渉しない葵の隣は心地いいのだ、―――ずっと隣にいただろう。
だけど、それは友人としてならだ。
だから、少しでも葵が自分への気持ちをあらわにしたら関係を切ろうと思っていた。
思って、いたのだが。
あの日から葵の様子が変わることはない。
(なんなんだ)
亮太には同姓を好きになる趣味もなければ、同性から想われるのも勘弁願いたいと思っている。
だから彼にとって、今の変わらない環境は良い筈だ。
安心すべき状況だ。
いや、最初の方は安心していた。
けれど、いつからだろうか。
(なんなんだよ)
亮太が葵に苛立ちと焦りを抱くようになったのは。
安心など、消えた。
(訳、わかんねえ)
こうも何も変わらないと、疑ってしまう。
「本当に諦めるのか」という疑いではない。
「本当に俺のことが好きなのか?」 そんな疑いだ。
あの日のことは夢だったのでは。嘘だったのでは。
そう思えてしまう、思ってしまう。
葵が自分に向けている好意など、最初からなかったのでは。
そうだったなら、亮太がここまで悩むこともなかっただろう。
「…どうした、亮太?」
「………、」
名前を呼ばれ、そちらを向く。
そこには黒い瞳で見上げてくる葵が居た。
何も変わらない、今までと何も変わらない葵が、そこに居た。
「…なんでもねえよ」
苛立ちを覚え、葵は手の中にある缶を握りつぶした。
(くっそ、イライラする)
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