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葵はそう言う。
葵にそう言われて、亮太はまた焦りを感じた。
どこに?葵の言葉のどこに?
諦める。
ここだ、亮太は葵の言葉のこの部分にいつもいつも焦りを感じているのだ。
葵が亮太を諦める。
それは、彼が亮太に抱いている気持ちが無くなるという訳で。
その気持ちはいつか、亮太ではない他の誰かに向けられるかもしれない訳で。
その事を考えると焦って、そして気持ち悪くなる。
ああ、イライラする。
「その諦めるってなんだよ。そういうのって簡単に諦めがつくもんなのかよ。ああ、そうか。その程度のものってことか。お前の俺への気持ちなんて所詮その程度なんだろ」
「なに、言って…」
これではまるで、諦めるなと言っているようなものだ。
葵の気持ちを知ったときに笑えないなどと言って拒んだくせに今更だ。
(そんなのわかってんだよ)
けれど、諦めるなんて、許さない。
もっともっと、追いかけてくるべきだ。
必死に手を伸ばしてくるべきだ。
(そうしたら、俺だって)
今なら、その手をーー…
「…別に、諦めたっていいだろ」
「…………あ?」
いつも通りの声音と顔で亮太の方を見る葵がそう告げる。
反射的に低い声が出た亮太に構わず、つらつらと台本を読むかのようにその口から出る言葉には淀みがない。
「望みのない恋をいつまでもしてるほど、俺だって馬鹿じゃない」
「………ほーお?なんだ。お前は、俺が好きなことが、馬鹿なことだって、そう言うわけだ?」
「なっ、そういう訳じゃ…。どうしたんだよ、亮太。なんか今日のお前変だぞ?」
さっきから意味のわからないことを言っている自覚など、亮太にもちゃんとある。
自分で一度拒んだくせに、葵を責めて、意味の解らないことを言って。
(仕方ねえだろ。俺だって、訳がわかんねえんだ)
怪訝そうに見てくる葵に舌打ちをひとつ。
流石にびくりと肩を揺らした葵の腕をつかむと、亮太は困惑の表情を浮かべている葵を睨んだ。
「…俺が」
「…?、?」
「俺が、もしも」
一度拒んだくせに。
葵の気持ちを笑えねえなと言って拒んだくせに。
気持ち悪いと思ったくせに。
それを隠すことなく、露骨にしたくせに。
こんなのは今更だってわかってる。
けれど諦めるなんて、亮太は許せなかった。
そんなのは、絶対に許さない。
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