4人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
この人を知っている
就職してから独り暮らしをしている。
駅に近いアパートで、新築ではなかったけれど部屋は綺麗だ。それに、住んでる人も、全員が全員知っている訳ではないけれど、顔見知りになった人はいい人ばかり。
この間、二軒隣に越して来た女の人もやっぱりいい人。
引っ越しの挨拶を交わして以来、顔を合わせると世間話をする程度の間柄だけど、気さくで優しいいい人だ。
でも、会うたびいつも思うことがある。この人、どこかで以前に会ったことがある、と。
顔は確かにどこかで、と思う。でも喋ったことはないと思う。
どこかですれ違ったのを偶然覚えていたとかなのかなぁ。
通勤途中もそんなことを考えていたら、ふと、駅の構内に貼られたポスターが目に入った。
指名手配犯の顔写真。それを見た瞬間、私は、越して来たご近所さんが誰なのか気がついた。
別に、あの人は指名手配犯じゃない。手配写真は思い出すための単なるきっかけだ。
そもそも、あの人が全国手配などされている筈もない。だってあの人は、もうこの世にいないのだから。
私が務めているのはとある医薬品メーカーで、色んな病院に薬を卸している。その折に訪ねた病院で、ウチの薬で治療しているという人と出会った。
末期の癌患者さんだったけれど、薬に余り副作用がないから体が楽だと言ってくれた。
薬のおかげで余命宣告より長生きできてるから、少しはやっておきたいことができたので、思い残すことが減ると言ってくれた。
あの、患者さん。
病気でもっと痩せていたけれど、間違いない。ほんの一、二回会っただけだけれど、引っ越してきたご近所さんとあの患者さんの面影が頭の中で一致する。
それでも、もしかしたらはあった。
最初のコメントを投稿しよう!