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「だって、それだけじゃ息が詰まってしまうから。客観的に見れば自分がとてもちっぽけな存在なのは事実だとしても、自分の中では一番大きくて素敵なのが自分じゃないと嫌だから」
「それがね、たぶん梓さんのお母さんが梓さんにくれた一番の贈り物なのだと思うよ。梓さんにはそれがお母さんの自分に対する義務のように感じられたかもしれないけれど、でも梓さんのお母さんは梓さんのその部分を強く伸ばそうと考えたんじゃないかな。まあ、いったいどういう経験を通じて梓さんのお母さんがそういった考えに至ったのか、ぼくには見当も付かないけどね」
「本当にそうだったなら、わたし、母に謝らないと……。三十を過ぎてから、悪い子供だったと気づくなんて……」
「いずれ機会はあると思うよ」
「でもそうすると、わたしも母のようにした方がいいのかしら」
「梓さんのその言葉がもしもぼくたち二人の子供のことを指すのなら、梓さん自身の負担がどうしても大きくなるだろうから、じっくり考えてからの判断の方が良いと思いますよ」
「そうね。だって、わたしが子供嫌いなのはまったく本当のことなのだし……」
けれどもわたしの母が本当にわたしのことを自分の浮気相手よりも愛していたとするならば、わたし自身の経験から培われた長年のわたしの子供嫌いの根底がすべて覆ってしまうこともまた事実なのだ。(了)
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