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そんな母が、わたしの知らない端麗な顔付きの男の前で笑っている。
自然な艶かしさも溢れている。
見せる仕種の一つ一つがどれも愉しそうで明らんでいて、わたしは呆気に取られてしまう。
それでわたしは母の浮気を疑ったのだ。
家での母は毅然とはしていたが、暗くはない。
けれどもそれが自分の見誤りではなかったかと感じられるほど目前の母が明るいのだ。
笑顔に幼女の面影がある。
それでわたしが怖くなる。……と同時に腹立たしくもなってきて、悔しい想いも浮かんでくる。
それで思わず母を睨む。
すると、そんなわたしの想いを見透かしたかのように母が細い首をまわしてわたしのいる方向をついと見遣る。わたしはとても慌てたが、幸か不幸か母の視線はわたしを外れ、冬枯れた木々の通りを優しく長閑に彷徨うだけだ。
母の視線が男の許に戻る前に、わたしは急に自分がそこにいる場違いを感じ、逃げ去るようにその場から消える。
深大寺通りを抜けて武蔵境通りを下るまで、わたしは一度も振り返らない。
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