元彼と夫のこと

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 優柔武断の元彼も悪いが、わたしの気持ちが彼に向かわなかったのだから仕方がない。が、結果的に何も起こらなかった清い付き合いだっただけに時折懐かしく振り返ることができる思い出に化ける。  調布駅から駅前公園を抜けてスーパーマーケット等を遣り過ごして多摩川に向かう道を下り、都立調布南高校敷地内に聳え立つ、そこで終わっている送電鉄塔|(稲田線十五番、以降は地下送電)に連なる低い鉄塔列が連なる住宅街に元彼の家がある。家に上がったことは一度しかないが、大事に育てられた息子だろうとすぐに気付く。あのときはわたしの方も緊張していて、何をどう喋ったのかまるで記憶がないが、どうせ大した内容ではなかっただろう。  あれから十五年近い歳月が過ぎ去っているから、彼の母親か父親に見咎められることもないはずだ。実際、わたしの顔さえ憶えているかどうか。  まあそれは、わたしの方でも同様だったが……。  が、頭ではそうはわかっていても元彼の家に近づくと気が焦る。  同時に比内くんのことが頭に浮かぶ。  比内くんと元彼は似ていない。容姿は似ていないが、どちらも手が大きいとそのとき気づく。性格も似ていないが、おそらくどちらもシャイだろうとこれまた気付く。だからわたしよりも茜のような賑やかな性格の女が似合うと感じてしまう。  わたしのような中途半端な自信家ではなく……。  奥まった細い路地に建つ元彼の家の前にしばらく佇み、わたしは心に言葉を捜す。その場に適した言葉は遂に発見できなかったが、せっかくなので思い浮かんだフレーズを口にする。 「あのときは良い彼女じゃなくて悪かったわ。ごめんね」  もちろん心の中で呟いただけだ。  それから同じ経路ではつまらないので少しだけ道を変えて調布駅に戻る。  さすがに脚が疲れている。  それで特急でも準特級でも急行でもなくて各駅停車に乗って座って帰る。いつも持ち歩いている文庫のページをゆっくりと捲りながら……。  家に帰っても夫はいない。  正月にいつも集まる高校時代の同級生数名と何処かに出かけると前日に聞く。出かける先は忘れている。が、いずれ誰かの家だろう。午前十時前には出かけたはずだ。  だから家に帰っても誰もいない。  わたしたち夫婦には子供がいない。  それは偶然ではなくて条件だ。
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