元彼と夫のこと

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 母と同じでわたしも夫に見初められて結婚したが、わたしは夫に幾つか条件を出している。母が父に何がしかの条件を出したかどうかは知らないが……。  理系なのに文学が好きなところが最初に見つけた夫との共通点だ。身体つきは部分的に好みで、アンバランスに張った肩と細くてひょろりと長い首がお気に入り。顔は所謂十人並みだが、わたしもそうなので気にしない。基本的には真面目人間だが、面白みのない人ではなくて、また過去に数回ちゃんと恋愛している。すなわち単なる堅物ではないということだ。大学では物理を専攻していたのに役所に受かるとそのまま決める。夫が安定志向になったのは彼の父が、どちらかというと遊び人だったことの反動らしい。もっとも生まれたときからの家族でなければ賑やかで楽しい人と感じられるだけだ。  わたしは中小の医療機器メーカー勤務でセンサ開発の仕事をしている。加えて関連する試薬の開発もしているが、それなりに遣り甲斐のある職場なのは事実だろう。が、意外と雑事が多くて辟易する。実務そのものに関係するので雑事と言っては語弊があるが、法的書類整備の仕事はわたしにはつまらないし、また得意でも好きでもない。購入伝票を切るのも苦手な作業だ。もっとも今ではそれもある程度、後輩任せにできる嬉しい身分。  夫とは補助金申請の際に知り合っている。  当時のそれは経済産業省主体の研究開発型助成金で開発費用半額負担|(成功した場合は後に全額返還)の補助金だったが、わたしの申請したテーマは酵素膜だ。取り合えず書類選考は通ったようで担当者から連絡が来て、経理部の若い男と一緒に埼玉アリーナ前に聳え建つ経済産業省関東経済産業局の所定の部署に説明に行く。  主体は違うがそれ以前にもわたしは先輩社員の助手――というより若手にいろいろ経験させましょうのキャンペーンの一環――として同様の説明業務に赴いた経験があるが、その場で感じたのは担当役人の科学に対する興味の低さと理解不足だ。  もちろん一般教養としては十分知っているのだろうが、基本的に分野違いの人間なので、こちらとしては常識と思われる部分まで質問されるので吃驚する。
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