母と妹のこと

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 いわゆる大声をあげて泣き叫ぶことだが、妹は当然のようにそのような反応を見せていない。ただ黙って耐えたのだ。  泣けば悲しみが消えるわけではないが、それでもすこしは和らげられる。その和らぎはごくわずかなものかもしれないが、それでもまったくないよりはマシなのだ。  最初わたしは妹が淡々と悲しみの日々を過ごすのを彼女の気丈さだと勘違いする。だからある日突然呆けたような妹の笑みと空っぽな心に気づいて仰天する。  妹は何も考えていなかったのだ。  大切な友人を失ったという大きな悲しみが心と身体を突き刺して妹を毀し、廃人のようにしてしまったらしい。それでいて日常生活は送れるのだからヒトという生き物はやっかいだ。  ただ感情だけが抜け落ちている。  そんな妹の内面の変化に逸早く気づいたからには比内くんは妹のことを以前から憎からず思っていたのだろう。  口は悪いし、頭も悪いし、日頃は男の子のような格好を好む妹だったが、母に似たのか、それなりの化粧をすれば驚くような美人になる。  妹がわたしよりも美人なことをわたしは子供の頃からずっと認識してきたので、その頃にはもうその事実をもって妹に妬心を抱くことはなかったが、心を失くした妹の人の目を一切気にしなくなって浮かび上がった純粋無垢な美しさに、わたしの妬心が目覚めてしまう。  が、同時に姉としての立場も感じて、ある日比内くんに助けを求める。 「後のことはどうなっても良いから、今だけ茜を助けてあげて」  自分のその言葉の何と無責任でキレイゴトなことか。あのとき比内くんはわずかに困ったような目付きでわたしを見つめ、そして間を置いてわたしに答える。 「お姉さんはそれで良いんですか」 「もちろん良いわよ。たぶん今、茜を救えるのは比内くんだけだから」 「お姉さんは本当にそれでいいんですね」  繰り返された比内くんの言葉に、わたしはどう答えたのか。 「ええ、もちろん」  同じように自分の言葉を繰り返したか、それとも、 「だって後のことは後のことだから……」  とズルをしたのか。  その次に交わされた二人の言葉たちはもう、 「わかりました。できるだけのことはやってみます」 「ありがとう。本当にお願いします」  という妹想いの姉とその妹の恋人である若い男との会話内容に摩り替わっている。  あのときの話をわたしも比内くんも以来一度も話題にしたことがない。
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