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あのときの会話はわたしの心の中では、その後何度も数多の別バージョンとして繰り返されたが、比内くんの方ではどうだったのだろう。
妹は里佳子ちゃんの交通事故から約三月後に、家族とそれに彼氏の比内くんを伴ったお食事会の席上で突然暴れだしてから元に戻る。
「里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん、里佳子ごめん……」
を繰り返し、最後は比内くんに後ろから羽交い絞めにされて大人しくなる。
それからの妹の日々は思い出の整理の連続で、里佳子ちゃんのお墓を参ったり、ご両親を訪ねたり、古い写真と対峙(|対決)したりを繰り返したが、そんな妹の傍らにはいつも比内くんの姿がある。
その後比内くんが先に、次いで妹も社会人になって、互いに何度も別れて何人かの別の相手と恋愛したが、結局自分たちに一番合っていたのがそれぞれなのだと結論して結婚する運びとなったのだ。
だからもうアレは終わったこと。
わたしの中で、そしてもちろんそれ以上に比内くんの心の中で……。
常識的にはそうでなくてはならないし、またそうでなくては比内くんは茜との結婚を決められなかっただろうし、決めなかっただろう。
だからわたしとのあの一夜は比内くんの遊び。
だから比内くんとのあの一夜はわたしの遊び。
あのとき比内くんがわたしに言いかけた言葉、
「あの、オレ、本当は……」
の先をわたしはどうして言わせなかったのか。とっさに聞いてしまってはいけないと思ったのは事実だが、今更のように振り返ると自分の感情がわからない。
それにあの言葉の先は、わたしが欲した内容ではなかったかもしれないではないか。単に、
「あの、オレ、本当はいろんな人とセックスするのが好きなんです」
と続いたかもしれないのだ。
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