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「わたしは、行けないの」
人魚が言って、長いまつ毛を伏せた。
「扉の向こうの世界は、陸地ばかりだから。わたしは行っても歩けないし、水がなくてはすぐに干からびて死んでしまうわ。
だから、わたしは独り。
ずっと、独りよ」
(そっか、そうだよね……)
暗い海の底の宮殿に、長い間たった独りで暮らす。
それはひどく寂しいことだということは、実際に経験しなくてもわかる。
腕がほしいな。
と、ぼくは思った。
例えば、そう。遠い昔に、ぼくがヒトだった頃のように。
もし腕があれば、彼女の寂しげな頭を、ぽんぽんと撫でてあげられるのに。
寂しくないよ。ここにいるよ。そう言って。
そう思ったとき。
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