降車駅

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「いや、誰。人違いじゃないの」 「人違いじゃないよ。なぜならこの町に、あたしが知ってる人はいないからね」  そう。いない。あたしが知ってる人も、あたしを知ってる人も。  だから、すごく自由な気分だ。 「少年、かき氷奢ってあげるよ」  普段なら絶対できない逆ナンだってしちゃうくらい、自由な気分。 「は? なに、なんで」 「ん、なんか冷たいもの食べたくなったし、さっき駄菓子屋でかき氷売ってるの見たし、あんたに興味湧いたし、あと、あんたお腹空いてそうだったから」  あたしが言うと、野球少年は訝しげに眉をひそめて、その口を開け、また閉じる。 迷うように視線が揺れて、やがて、こんな小娘を警戒してもしようがないと判断したようだ。 「じゃあ、メロンで」と、ぼそぼそ言った。 「あんた、どこから来たの」  あたしと並んで歩きながら、野球少年は言った。 「君も名前くらいは知ってるところからだよ」
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